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また、すべて日本語ガイドまたは日本語説明書付きです!安心してお楽しみください。

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ジェミニ創業物語「航路の軌跡には家族愛と信頼があった」

■ パッションは生き続ける 。。

◆ 航路の軌跡には家族愛と信頼があった ◆

久々にサンセットクルーズへ出かけた。

カアナパリビーチから出ているジェミニ号が今年で 創業25周年記念を迎え、オーナーで友人でもある ミングが祝賀クルーズに招待してくれたのだ。

久しぶりの再会だったので、まずはマイタイで乾杯し ハッグして「25周年記念おめでとう」と言った。

しばらくしてミングが「25年もよく続いたわよ。。 でも、本当にやってきてよかったと思っている。。」と サングラスの間から涙を拭いながら想い出を語りはじめた。

1983年、マウイを旅行中のミングは、船大工だった ご主人に出逢って数年後に結婚。1990年にまで2人の子供に 恵まれた。

ビーチから船で出かけるスノーケルツアービジネスなど 誰もやっていない当時、キャプテンであるご主人が カアナパリビーチで遊んでいる人たちにマウイの 海中も見せてあげたいという気持でスノーケリングツアーを 開始。

1980年代後半はバブル景気でカアナパリビーチは オーストラリアのゴールドコーストのように日本人 観光客でいっぱいだったそうだ。

やがてビジネスが軌道に乗ってきたある日の午後。。 ミングに警察からの電話があった。

ご主人が溺れて病院で息を引き取ったという知らせだった。 突然の知らせに何度も耳を疑い「あの人が溺れるハズがないじゃない」と 警察に説明したが、とにかく遺体を確認して欲しいとしか 応えてくれなかったそうだ。

車を運転して病院に向かう途中、道路から伝わってくるはずの 振動がまったく感じられないくらい気が動転していたらしい。

ご主人が運び込まれたマウイメモリアルホスピタルのERに付くと 潜り仲間の友人達が泣いているのを見て体が震えだし 歩くのがやっとの状態になった。警察官が先導し、ミングは 友人達に支えられながらご主人が寝かされているベットに向かった。

そこに静かに横たわっていたのは確かにご主人の遺体だった。 顔はすでに血の気がなく、すぐに生きていないことを感じながらも 何度も身体を揺らし、名前を呼んだが完全に反応がなく 突然のできごとにご主人の冷たくなった身体を抱きしめて 何度も夢であってくれと祈った。

ミングは警察の身元確認書に震える手でサインをしながらも 潤んだ目でご主人が目を覚ますのではないかと何度も見たが 顔にかぶせられた白いシーツはぴくりともしなかった。

帰宅して、友人に預けていた子供達を迎えに行く途中、 子供達に何と説明しようか?何度も考えたが結局、 頭が真っ白で言葉が見つからないまま子供達に会い、 強く抱きしめることしかできなかった。

その夜、ご主人の友人でありサブキャプテンだったジェイクに 「信じられない」と何度も何度も言いながら泣き伏したが やがて、このままご主人の夢だったジェミニ号を守らなければならないと いう気持になった。

数日後、ジェイクのお母さんと奥さんのサポートで心の整理が付き、 ビジネスのことなどまるでわからない主婦から経営者としての道を 歩み始めた。

そして、ご主人に最後の別れを告げるときに「ジェミニは ずっと守りますので安心して眠ってください」と約束した。

それから18年、ジェミニ号はご主人の夢を一緒に叶えた クルーたちに守られながら、午前中はカパルアベイの北に 位置するホノルアベイでスノーケリング、午後はサンセット クルーズでラナイ沖に沈むサンセットを眺めながらのセイリング、 冬場はクジラウォッチングも行っている。

「しかし、マウイで18年も同じボートに働いているクルーなんて 聞いたことがないよね」とクルーの一人であるリンダに聞くと 「私たちにとっては船が家でキャプテンが父親、ミングが母親で クルーが姉妹。家族だから離れられないの」と笑顔で答えた。 そしてリンダはミングにハッグした。

リンダは私がお代わりしたマイタイを作ってカウンター越に渡すと 慣れた手つきでラインをコントロールして大空にスルスルと あっという間に白く大きな帆を張った。

快晴の青空に引っ張られるかのように張られた帆は 遅い午後のさわやかな潮風を気持ちよさそうに 受けながらジェミニ号を音もなく滑らせた。

マストにはアメリカとハワイの州旗が誇らしく掲げられ 乗船していた人たちは次々に旗を見上げて写真を撮った。

やがてミングはオレンジに輝くサンセットを見ながら、 「主人と出会った頃、船大工の仕事が終わるころに ラハイナ港の岸壁でいつも同じ場所に座って彼を待っていたの。

毎日、夕陽に向かって、いつか自分たちの船が 持てますようにと心から祈っていたわ。

でも、彼はせっかく夢が叶って軌道に乗ったのに私たちを残して 天国に行っちゃった。」と夕陽で微笑みをオレンジに輝かせながら 私に言った。

私はミングと乾杯し、「これからもよろしく」と日本語で言った。 彼女も「よろしく」と日本語で答えてくれた。

ミングの経験を聞いて胸が熱くなったと同時にひとりの人間の 熱いパッションが人の心を動かし、魂がずっと生き続けることを 感じた。

ジェミニ号は世界中から訪れた人々に海の大切さや自然の中に 生きていること、そして、マウイの自然の美しさを与えてくれる ステキな船だと思う。これからも応援していきたい。


■↓ジェミニ・チャーターズお申込みはこちらです。
http://mauinotatsujin.com/p3_asb_gemini.shtml