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海の向こうの消防事情 フランス編
国際消防情報協会 企画調査員 神谷 早苗

歴史・習慣

本当に言ったかどうかは知らないが「世の辞書に不可能という文字はない。」という名言を残したナポレオン皇帝の思想は今でも多くのフランス人の積極的なライフスタイルを支えている。この姿勢は日本人から見れば、積極的と言うより“わがまま”と見えるかもしれない。

多くのフランス人は、自分の主張を曲げることはしない。だからひとたび討論が始まると、何十時間も納得するまで意見を戦わせる。内容はどんなくだらないことでもお構いなしにとにかく自分の意見を相手に認めさせるまで討論は続く。そして、いかなる屁理屈でもこじつけて、強引に正当化させてしまう。相手を納得させるにはもちろん時間が掛かる。

パリに行かれた方は御存知だと思うが、毎朝8時にカフェテリアに行くと、濃いコーヒーにホイップした生クリームを重ねて、シナモンバーでかき回せながら香りとクリームの溶け具合を楽しみながら飲む“カプチーノ”をオーダーし、閉店まで討論をしている客が何百人と居る。

一体この人たちの仕事は何だろう?と思ってしまうほど、毎朝同じメンバーがカプチーノを飲んで討論をしている。シャンゼリゼ通りから、少し奥まったところに“ボシェット”という創業120年という歴史を持つおもしろい喫茶店がある。古めかしいビルの地下室にある店内の広さは400平方メートルくらいで、一番前にスタンドマイクがポツンと立っており、その前には2m位の間隔を置いてアンティックの椅子が30席くらいとテーブルがまばらに並べてある。

日本のカラオケバーに似ているが、カラオケバーみたいなキラキラした内装ではなく、タバコの脂で黒ずんだコンクリートの壁がむき出しで、その角にはクモの巣が張ったような飾り気のない質素な内装である。

ここでは歌を歌う変わりに自分の意見や思想、詩を自由にみんなの前で発表する。店内には発表者の声以外は何も聞こえない。というよりそのほかの音が存在しない。消音装置を使っているのではないかと思われるほど、シーンと静まり返っている。

発表の制限時間はない。発表者以外の客は、黙って意見を聞き、意見が終わった後で、発表者が座っているテーブルに席を移し、発表された意見や詩や思想について、発表者と自由に話すことが出来る。

この喫茶店は24時間営業で深夜の客も多い。もちろんフランス語なので私にはわからなかったが、その雰囲気は、フランス人の根底にある国民性を十分感じさせてくれる雰囲気だった。

ウェイター曰くこの喫茶店はフランス革命時にも多くの指導者を育て、啓蒙主義思想を広めていった核となった場所であったらしい。この店のもう一つの特徴は、タバコのモクモクとした煙である。店のドアを開けた瞬間に、店内のタバコの煙が一斉に外に流れ出し、外から見ると“火事じゃないの”と思わせるほど、店内はモクモク状態である。

しかし、発表者に当たるスポットライトを通して見えるタバコの煙は、何とも言えない演出を見せ、発表者の意見を手伝い、彼らの頭の中もこんな感じでモクモク状態ではないか?と思ってしまうほど密度が濃い。

ちょうど、エアコンが利いていないパチンコ屋の帰りと同じように、店から出ると着ている服がタバコ臭くてどうしようもない。おまけに酸欠で頭もボーとしているのを感じた。それでも何となくストレスが開放されスッキリとした体感を受けたのはなぜだろう。今考えるとたぶん、店の客の誰かが麻薬を吸っていたに違いない。ひょっとすると店の主人がそれを売り物にしていたのかもしれないなどとあくまでも私の想像する限りだが、今までに私の人生の中で体験したことのない微妙な感覚であった。

消防事情について

ヨーロッパ18カ国の消防局を視察した中で、フランスほど垣根の高いところはなかった。訪れる2カ月前からアポイントの手紙を3回も出していたが、ニューヨークを発つほんの4日前にフランス語で書かれた手紙の返事が来て、訳してみると“国務大臣に承諾を得るように”と言う内容だった。

こんなにギリギリになって間に合うわけがないでしょうがと思い、国際電話で外務課担当者と連絡を取ったが返事が全部フランス語。

頭にきたのは、こちらが英語で話しているのにフランス語で返事をしてくることである。担当者は英語を話せるのに、また理解できるのにフランス語で返事をしてくる。なぜわかったかというと、わたしもフランス語会話を約2年間勉強していたのでまったくわからない訳ではない。

しかし、私の英語での質問に対する答えを、ちゃんとフランス語で返してくるのだ。なぜ英語で返事をしてくれないのかなどと質問を始めたところで、電話料金の無駄と国際電話で討論するほど暇な時間はないので、フランスの前に訪れるイタリアからまた連絡をすると伝え電話を切った。

そしてイタリアから連絡をとったところアポイントが取れたが、ああだこうだと言ってパリの消防局の内情を知られたくなさそうであったため、そんなところに行っても、どうせ行かなくてもわかるような内容のことしか教えてくれないだろうと思い、思い切って南フランスのモンペリエという(人口22万人のと言ってもフランス全体の人口が約6千万人であるため、まあまあの規模の都市である。)芸術家の多いといってもフランスはどこもかしこも芸術家ばかりであるが、14世紀からの町並みが今でも残されている町のニーム消防局に視察に行った。

ここで幸運にも珍しく?親日派の署長のホスーシュ氏に案内していただくことになった。彼はフランス剣道会でも活躍しており、日本にも3回も訪れたことのある愛日家である。

氏に対してニューヨークからパリの消防局にアポイントを取った際の経緯を説明したところ、笑いながら「それはフランス政府の役人ならみんなそうするでしょうね。」と思惑のはずれたこたえであった。「なぜかというと、フランスは今、極右勢力が強く、また、保守的な旧農民思想が見直されているため、なるべく外国人を排除し、外国文化もできるだけ排除しようという運動が国内のあちこちで行われているからですよ。とくに政府は極右のテロ防止対策として、内政においては対他国自律外交を基本的姿勢にしていますから。特に対アメリカ、ドイツに対しては厳しい姿勢をとっています。」との答えであった。

わたしは、「なぜ?」と聞こうと思ったが、そんな誰もどうすることもできない国の姿勢に対して下手な質問でせっかくのチャンスと時間を潰したくはなかったので、あえて深追いはしなかった。

フランスは核実験問題でもわがままな姿勢を続けているが、とにかく自分のやっていることにケチを付ける奴は許さないぞ的な国民性が潜んでいるため、慎重におつきあいする必要があった。

しかし、どうしてそうなったかという歴史的経緯から推測してみると、“シャイな自信喪失的国民性”が根本的にあるのではないかと感じた。と同時に、日本では「隣の花は赤い。」「隣の牡丹餅は大きく見える。」、フランスでは「人妻はいつも隣の主人をすみれのごとく好ましい男と思う。」ドイツでは、「よそのパンはおいしい。」イギリスでは「隣の芝生はうちより鮮やかな緑をしている。」といったように人間で有れば誰でも持っているような、羨み(うらやみ)、妬み(ねたみ)といった羨望観念が非常に強い国民性が彼らを自信喪失気味にしているのではないかと思わされた。

別にそれが悪いと言うわけではない。ときに羨望観念は、それを乗り越えたときに大きな成長を見せる。というのは人が羨望するときには、その対象が有る程度ハッキリしている場合が多く、要するに目的がハッキリしているため、ではそれに対してどうすれば自分の満足行けるモノが手にはいるのか、という手段と時間と費用が揃えば、羨望しただいたいのものは自分のモノになる。

これを得たときの満足感は何にも返ることのないモノであることは大きいが、人生とはそんなに調子良く物事が運ぶわけではなく皮肉なモノで、努力を費やしたにも関わらず後悔に終わることの方が多い。

フランスのことわざ「人妻はいつも隣の主人をすみれのごとく好ましい男と思う。」をこのとおり、密かに思ってはいても実行しないうちは良いが、もし、奥さんが夢を叶えてしまい、隣の旦那と寝てしまった後に果たして何が起こるか、その後のストーリーは常識や社会通念というモノがまだかすかに残っている日本社会に住む人においては想像がつくと思う。「あそこの奥さん行動力があって素敵ですわね。」とヒロイン扱いされることはまず少ないであろう。

やってみないとわからない的な欲望獲得即実行型の人間は社会に置いて大きなトラブル・メーカーとなることが多く、このような国民が多いところでは、ストレスに悩まされ、頭の痛い人生を送る必要がある。

フランスに芸術家が集まるのもそういう意味では納得がいく。特に啓蒙思想が強いために今までにない何かを求め、強引に次から次に開拓し、刺激を求め止むことを知らない。

「ワイルドで素敵。」と言えばそう言えるかもしれないが、果たして世界全体のバランスに置いてどうかは誰にも正答しようのないことであろう。また、ゴタゴタに巻き込まれたくなかったら黙っていた方がよいのかもしれない。

とんでもなく長い前置きになったが、南フランスにあるニーム消防局について紹介する。フランスのほとんどの都市で119番に値する緊急通報番号は“18”番である。理由を聞いてみたがもちろん、“一か八か”などと言う下手なジョークは返ってはこなかった。(すいません。下手なシャレで、、、。)

ただ、2桁の番号であるため憶えやすく、また時間も掛からないとのことであったが、良く考えてみると、911番や119番といった3桁と2桁のたったひとつの番号を押す違いのコンマ何秒しか変わらず、憶えるにしても3桁の数字も憶えられないほど、他に憶えることがたくさんあるのかと思ったが、逆に何も緊急通報は3桁である必要はなく、「でも普通は3桁ですよね。」と思わず口に出してしまった私の中の“普通”の感覚が、単に私の育ってきた環境の中で、ただ偶然にそうであっただけの話である。

まあ、細かいことにいちいち疑問を持っていると切りがないので、あまりこだわるのを避けたいが、これをこだわるから書くことがあるというパラドックスをわかった上で御理解いただきたい。

さて、驚いたことにフランスでは、警察署に限らず公的機関建物内の安全監視体制に膨大な予算を費やしている。首都のパリ消防局本部ならわかる気もするが南フランスの片田舎のニーム消防局内にさえ、監視カメラが備え付けられてあった。このカメラの向こう側にはどんなおじさんが座っていて、これも消防職員が交代で監視しているのかなどと質問しようかと思ったが、スパイ活動の情報収集の一部と勘違いされて怪しまれてはいけないと思い聞くのをやめた。

とにかく、内部の事情はどんなに簡単なことでも知られたくはないのはわかっているので、あえてくすぐるようなことはしなかった。でもあれだけ監視体制が厳しいと逆に私が本当にスパイだったら、どうやってこの厳しい情報管理体制から必要な情報を盗み出せるだろうか?と変な好奇心と探求心が生まれてしまった。

もちろん、何もスパイ活動はしなかったが、、。職員との話も禁じられ、写真を撮るのも署内では撮影禁止、外での決められた場所だけでの撮影となった。

あまりあれもダメこれもダメと言われると私が消防署を尋ねたことも大迷惑で、早く帰って欲しいと言われているような感じを受けた。アフリカと中近東、北欧以外の消防署を殆ど回ったがこんなに違う印象を受けたのは初めてだった。

まるで、お百姓さんの畑になっているトマトがあんまりきれいなので、ただなんとなく近寄って見てみようと畑に入り、トマトを見ていると知らない内に後ろからいつでも発射できる状態にした散弾銃を背中に突きつけられているような緊張した感じであった。

おわりに

ヨーロッパ視察の中で一番やりにくかったフランス研修は、謎が多い分だけというより、ただ教えてくれないだけであるが、とにかく、なにか今まで考えもつかなかったシステムが隠されているのではないか、という好奇心を掻き立てられた。また、知らないと後悔させられるモノなのだろうかとも思った。

読者の中にも、パリ消防局に行かれたことがある方がいると思うが、どういう印象を受けたか興味がある。果たして私だけだったのか、それともみなそうだったのか?いずれにせよ、フランスはそのままの姿勢を貫いて欲しいと思う。

今の混沌とした世の中、そういう何かを貫くという断固的体制は魅力がある。「よその国がこうやっているから、ウチもこうしないと遅れている。」みたいなベンチマーキング式ではなく、自らの体制の中で必然的なことをフォーカスし、旧弊打破の革新システムとして創造していく姿勢にはすごい人種的パワーを感じた。

18世紀フランス革命で活躍したモンテスキューやヴォルテールらの人間的・自然的理性を尊重し、宗教的権威に反対し啓蒙的社会思想を築いてきた歴史も感じることが出来た。特にパリ市内を歩いていると、多くの女性は「わたしはフランス人なのよ。パリのシャンゼリゼ通りにお家があるの。」とお嬢さんのツンとした鼻は私に自慢していた。